Nowhere

世界をダークフォースで覆わない為に。

そういえば結婚してた話。

結婚したとは言ったけど触れてるようで触れてなかった気がするからその話。

 

10代の頃から物心ついたときからのわたしの夢は「お嫁さん」!
俗にいう毒親の元で育ち、いつもいつも寂しい思いをしていたので自分だけの家族が欲しいといつも切望しておりました。

 

しかしながら「結婚したい」「家族がほしい」って思ってはいても付き合う男はクソメンが多く現実をみた際に実際結婚したいと思える男なんぞいないわけです。
(この人だったら・・・って人はいたけど結婚には至らず・・・)

 

結婚はしたいけどこいつではないが別れると寂しいので別れないという不毛な関係性。
徐々に大人になると自分に見る目がない上に、
自分が素敵だと思う人は自分を選ばないという現実に気付き、


結婚したい→一度は結婚してみたい→結婚ってなにそれ美味しいの?
と変化していきました。

 

最終的には分かり合えないDQNの元奴隷プレイまでして
「そうか、1人って素晴らしい!」と悟りを開き「仙人になろう!」と。

 

実際女同士だって分かりあうのが難しいのに
全く未知の生物である「男」という生き物と分かり合えるわけなんかないと。
そして頭の良い人がよいのに、
それまで私が出会って来た人は勉強や仕事は出来ても人間や生物学的にちょっと問題のある人が多かった。

頭が良くて人間に問題がない人はUMAなんだろうと。

 

ここまでいうと「お前はどんだけ出来た人間なんだ!」と背後から鈍器で殴られそうな勢いなんだけど、
実際それを踏まえて人と付き合っても結局頭の悪さに辟易してお付き合いの継続なんて無理な話になるのですよ。


自分スペックを加味して色々チャレンジした末の仙人修行の選択。
初めてメンズとお付き合いしてからここまでで20年の歳月を擁しております。

 

そして奴隷生活から抜け出して自分が好きなときに好きなことをできる生活を程に入れた私は本気で
「自由って素晴らしい!」

と既に終末に向けての準備開始みたいな心境。

 

正直、「もう明日死んでも何の後悔もない」と。

 

そんなときに今の旦那と出会いました。
彼は私の求めている内面スペックを軽く凌駕する不思議な存在でこんな人間(!)いたんだなぁ。って感じ。

 

話してみると話は途切れる事もなく
話したいことがみるみる溢れて気がつくと5〜6時間ぶっ通しで話してしまうわけで。
10のうち2〜3で話が通じるのでどんどん話が進む不思議。

 

これはなんだ?
神様から仙人になる前の資格最終試験か何かか?

と結構ガチで思っていました。


20年探しても探しても見つからなかったものが
こうも簡単に道端に落ちているかのごとく自分の手中に収まるものなのだろうか。

これは三十路BBAを揶揄う盛大なDTドッキリに引っかかっているのだろうかと
自分の汚さがわかる勘繰り大会を繰り返す忙しい脳内。

 

そんな私の真っ黒な腹の内など知ってか知らずか
トントン拍子でお付き合いは継続されました。

 

そしてお煎餅の片割れのような現旦那と付き合ううちに
「そうか。私は結婚したかったんぢゃなくて何があっても側にいてくれる真の理解者が欲しかったんだな」と気づくわけです。

 

実際、いざ結婚となったときに脳内はお花畑どころか
「別に結婚しなくてもこのままずっと2人でいれればいいじゃない?」
事実婚でもいいじゃない。だって別れないでしょ?」
と自然に思っておりました。

 

結婚=自分の一番大嫌いな家族と旦那の縁が繋がるのを避けたい
というのが一番最初の結婚したくない理由。
結婚式は親のためにするもので、その親に見せたくないし、むしろ絶対に呼びたくないからしないに限る。
と。

 

このことを自覚したときに改めて
「あぁ、私は本当に欲しかった本物を見つけたんだな」と激しく自覚。

 

 

そんな旦那。
勿論わたしの真っ黒で邪悪な性悪具合は勿論わかった上で嫁にもらってくれました。


当初はそんな邪悪さを見せつけられるたび面食らってたまに具合悪くなってましたけど。
だいぶ耐性もつき、諦めからの開眼で今はとても平和であります。(確かめてないけどw)

 

生まれ変わったらもっとイージーモードで真っ白で素敵な嫁をもらってもらうとして
今生では諦めて付き合ってもらうことにしています。

 

昔思い描いた結婚と現実は全く違ったけど
現実のほうがとても幸せで暖かい良いものでございます。

 

自分にとっての最大の幸せが皆様の元にも訪れるように心からお祈り申し上げます。

ハジメマスタ

小学5年生のとき面白い担任にあたった。

毎日ガリ版手書きの学級通信を発行して
生徒に日記を書かせる男性教諭だった。

 

それまで日記なんぞ書く習慣もなかったのだけどもこれはクラス全員の義務?ノルマ?で朝登校してくると所定の位置に日記帳を提出して帰りに返される。
そしてその日記帳には必ず赤ペンで先生からからの返信が書いてあった。

 

その習慣は小学校を卒業するまで続き
小学校を卒業した今でも
毎日とまでは言わないまでも細々と続く習慣になった。

 

書き留める媒体はアナログからデジタルには変わったけど
たまに暇な時に昔の自分の書いた文章を読み返してみるとなかなか面白い。

 

ここ最近はちょっと自分の見る目の無さゆえ
あまり本音をいったり本音がばれるとめんどくさい時期が続いたため休止中だったんだけど、たまたま今、時間もできて
色々と1人で考える時間もできたことから
また色々書いてみることに。

ーー

しかし冒頭の担任の先生だが
小学校教諭は自分のクラスの授業をほぼすべての時間おこなう激務だとおもう。

 

休み時間は生徒とキックベースやドッジボールをして遊び、
その合間に学級通信を書き、
日記の赤ペンをいれて、少年団をみていた。

 

大人になってから全然関係ないダンスサークルで再会したんだけど
当時の話しと、その激務について
「先生すげぇなぁって尊敬しても足りない」と話した際、悲しい返答があった。

 

「実は離婚して子供は元嫁のところで1人なんだ」と・・・。
そうか。
やはり「いい先生」と「いい旦那&父親」というのは別物なんだね。

 

実際、自分の旦那が先生みたいに
自分の家庭より生徒のことを一生懸命みてたら捨てるとおもう。←
と、当時の先生と同じくらいの年齢になって深くおもう。

 

でも先生が与えてくれた習慣は

自分と向き合う大事な作業として今でも続けております。

感謝。

 

ということで
新しい場所で独り言、ハジメマス。